損益相殺について

1 損益相殺とは

 被害者(またはその相続人)が,事故が原因で何らかの利益を得た場合,得た利益分を損害賠償の金額から控除されることを,「損益相殺」といいます。
「損益相殺」は,事故が原因で利益を得たのに,さらに損害賠償も受けられるということになると「二重取り」になってしまうため,公平の観点から認められるものです。
 
ただし,被害者が得たあらゆる利益が「損益相殺だ」としてカットされるわけではありません。以下見ていきましょう。
 

2 被害者等が,既に利益を受けている場合

(1) 自賠責保険(政府補償事業を含む)
 交通事故の損害填補を目的とするものですから,損益相殺の対象になります。
 
(2) 各種社会保険給付
 厚生年金,国民年金,共済組合,労災等からの給付金のことですが,これらは,ほとんどは損害の填補が目的となっていますから,損益相殺の対象になります。
 
 ただし,労災保険の特別支給金(休業特別支給金・障害特別支給金・傷害特別年金・遺族特別年金)については,被災労働者の福祉を目的としており,代位取得の規定もないことから損益相殺は認められないとする最高裁判例があります(最判平成8年2月23日判時1560号91頁)。雇用保険法に基づく給付も,損益相殺の対象にはなりません。
 
(3) (被害者が契約している)生命保険・傷害保険からの保険金
 被害者が保険料を支払って得た生命保険,傷害保険からの保険金は当然被害者が受け取るべきものであるし,代位取得の規定もないことから,損益相殺の対象にはなりません。
 
(4) 独立行政法人自動車事故対策機構法からの介護料
 介護が必要な後遺障害を負った方で,所定の基準に該当する方に対しては,独立行政法人自動車事故対策機構法に基づき介護料の支払がなされることがあります。
これは,被害者の負担軽減を目的とするものですから,損益相殺の対象にはなりません。
 
(5) 香典・見舞金
 原則として損益相殺の対象とはなりませんが,社会通念上相当と認められる金額を超える場合には,損益相殺の対象となります。
 
(6) (加害者が契約する)搭乗者傷害保険
 最判平成7年1月30日判時1524号48頁は,損益相殺の対象とはならないとしていますが,他方,下級審裁判例においては,加害者が保険料を負担して賠償がなされたことなどを理由に,「慰謝料」を減額するものがあります(名古屋地判平成4年5月11日判タ794号139頁など。)。
これについては,項を改めて説明します。
 

3 被害者等が,将来受けるであろう利益について

 今後支給されるであろう社会保険給付(年金等)については,いまだ支払いがされていないので原則として損益相殺の対象にはなりませんが,支給を受けることが確定したもの場合には損益相殺の対象となります(最判平成5年3月24日判時1499号49頁)。
 

4 損害項目ごとの相殺

 たとえば,「休業補償給付金によって填補される損害は,財産的損害のうち消極損害のみであって,この給付額を積極損害及び精神的損害(慰謝料)との関係で控除することは許されない」(最判昭和62年7月10日判時1263号15頁)のように,消極損害として支払われたものを,積極損害や慰藉料といったカテゴリーの損害との関係で控除することは許されないとしています。
 

5 損益相殺と過失相殺の順序

 過失相殺と損益相殺の双方が問題となる場合,どちらを先に行って計算するのかについては,各社会保険給付ごとにその目的が異なりますから,社会保険給付ごとに判断して決定する必要があります。
 
 実務上は,健康保険,厚生年金については,損害から社会保険給付を控除した後に過失相殺を行うとされており,労災保険については,判例は過失相殺をした後の金額から控除しています(最判平成元年5月11日判時1312号97頁)。

 

6 搭乗者傷害保険について

(1) ごく簡単に説明すれば,「搭乗者傷害保険」とは,任意保険(対人賠償)とパッケージングされて特約として販売されている保険で,自分や同乗者の損害を填補するものとして販売されています。
 
 このような損害を填補する保険としては,「人身傷害補償保険」というものもあります。「人身傷害補償保険」とは,補償の対象となる人が自動車に搭乗しているときだけでなく,歩行中に事故で死傷したときにも保険金が支払われる自動車保険です。
 
 両者の相違点は,「搭乗者傷害保険」は,あらかじめ定められた一定額をお支払いする保険(講学上の定額保険)であるのに対し,同じく自分や同乗者の損害を填補する「人身傷害補償保険」は,実際にかかった治療費,休業損害などの損害額を保険約款に定められた基準に従い,保険会社の基準において計算し,賠償金が支払われる保険(講学上の損害保険)です。
 
(2) ここで概略,「損害保険」と「定額保険」とは,学問上の保険の分類のことで,前者は文字通り「損害のてん補」を目的としていますが,「定額保険」(例;生命保険など)は,実損害の額にかかわらず定額の保険金を払うとするもので,「損害のてん補」を目的としていないと考えられています。
 
(3) 前記の最高裁判決(最判平成7年1月30日)も,
「このような本件条項に基づく死亡保険金は,被保険者が被った損害をてん補する性質を有するものではないというべきである。けだし,本件条項は,保険契約者及びその家族,知人等が被保険自動車に搭乗する機会が多いことにかんがみ,右の搭乗者又はその相続人に定額の保険金を給付することによって,これらの者を保護しようとするものと解するのが相当だからである。」
と判断し,搭乗者傷害保険が定額保険であるとの点を重視して,損益相殺の対象とはならないと判断しました。
 
(4) このように,最高裁は搭乗者傷害保険が損益相殺の対象にならないことは言明しましたが,この最高裁判例の後になって,搭乗者傷害保険が支払われたことで,被害者の精神的苦痛がやわらげられたとして,慰謝料を減額する旨の判断をした裁判例が多数現れるようになりました。
 
その中で,松山地判平成8年7月25日(交通民集29巻4号)は,搭乗者傷害保険の保険料を加害者が負担していたことや,搭乗者傷害保険(※この事案では共済金でした。)は被害者らに対する見舞金としての機能を果たすこと,これにより被害者「らの精神的苦痛の一部を償う効果をもたらすことが認められる」という理由で,「慰謝料額算定に当たっては,右共済金受領の事実を斟酌するのが衡平の観念に照らして相当であ」ると判断しました。
 
現在では,このような判断をする下級審は多数であり,加害者が加入している保険会社から搭乗者傷害保険金を受領する場合には,慰謝料が減額されることを見越して判断することが必要と思われます。



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