素因減額について

1. 素因減額とは?

素因減額とは、交通事故から発生した損害について,その発生または拡大に,被害者の素因が寄与していると認められる場合に,当事者間の公平を図るため,加害者の負担すべき損害賠償の範囲を合理的なものに限定するという考え方をいいます。
 
判例は,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用することを根拠としています。

2. 精神的素因(心因的素因)について

精神的素因(心因的素因)について、最高裁判所は「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的素因が寄与しているときは、損害の公平に分担させるという損害賠償の法理に照らし、……民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を勘酌することができると解するのが相当である。」とし、素因による減額を肯定しました最判昭和63年4月21日民集42巻4号243頁)。

3. 身体的素因について

 身体的素因について、最高裁判所は「被害者に対する加害行為と被害者の罹患していた疾患がともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全てを賠償させるのが公平を失するときは、……損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項……を類推適用して、被害者の当該疾患を斟酌することができるものと解するのが相当である」とし,事故後精神障害を呈して死亡するに至ったのは,事故による頭部打撲傷のほか,事故前に罹患した一酸化炭素中毒もその原因になっていたことが明らかであるとして5割の減額をした原審の判断を是認しました最判平成4年6月25日民集46巻4号400頁)。

 最判平成6年4月22日は、体質的要因の寄与を理由に、民法722条2項の過失相殺規定を類推適用した東京高判平成3年2月27日を支持しました。

 さらに,最高裁は,平成8年10月29日に2つの判決を出します。
首長判決と呼ばれる判決(最判平成8年10月29日民集50巻9号2474頁)では、「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の在しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできない……。けだし、人の体格ないし体質は、すべて人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常の平均値から著しくかけ離れた右身体的特徴を有する者が、転倒により重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べて慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度にいたらない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているというべきである。」とし、(被害者の身体的特徴について)「首が長くこれに伴う多少の頚椎不安定症があるということであり、これが疾患に当たらないことはもちろん、このような身体的な特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情が認められないから、前記特段の事情が在するということはできず、右身体的特徴と本件事故による加害行為とが競合して」被害者の傷害が発生し、またはその「身体的特徴が被害者の損害の拡大に寄与していたとしても、これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するのが相当でない」とし、4割の減額をした原判決を破棄して差し戻しました。
 
これに対し,被害者が後縦靭帯骨化症に罹患していた事例において、「加害行為前に疾患に伴う症状が発現していたかどうか、疾患が難病であるかどうか、疾患に罹患するにつき被害者の責めに帰すべき事由があるかどうか、加害行為により被害者が被った衝撃の強弱、損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者に多寡等の事情によって左右されるものではない」とし、「(後縦靭帯骨化症が被害者の)治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白であるというのであるから、たとえ本件交通事故前に右疾患に伴う症状が発現しておらず、右疾患が難病であり、右疾患に罹患するにつき責めに帰すべき事由がなく、本件交通事故により被った衝撃の程度が強く、損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者が多いとしても、これらの事実によりただちに加害者らに損害の全部を賠償させるのが公平を失するときに当たらないとはいえず、損害の額を定めるに当たり右疾患を斟酌すべきものではないということはできない」としました(最判平成8年10月29日交民29巻5号1272頁-破棄・差戻-差し戻し審である大阪高判平成9年4月30日交民集30巻2号378頁は3割の減額としました)。

4. 最高裁判決の理解

以上から判例をどのように理解するかそのポイントをあげてみましょう。

心的要因・体質的要因ともに、損害の拡大に寄与した事情を考慮(勘酌)する場合の根拠として、損害の公平な分担という損害賠償の法理があげられ,過失相殺規定の類推適用がなされていること
 
身体的特徴については、日常生活において通常人に比べて慎重な行動をとることが求められているような特段の事情がない限り斟酌できないのに対し、疾患については、疾患が損害の発生ないし拡大に寄与したことが明白である場合には、加害者に損害の全てを賠償させるのが公平を失するとき、これを斟酌することができるとされ、結局「疾患」かどうかで斟酌するかどうかを区別していることがわかります。

過失相殺については,判例は,被害者側の過失の立証責任は賠償義務者が負うものとしています(最判昭和43年12月24日民集22巻13号3454頁)。したがって,素因減額をするためには、賠償義務者である加害者側で,
①被害者の身体的特徴が「疾患」に該当すること
②加害行為と当該疾患とが共に原因となって損害が発生したこと
③当該疾患を斟酌しないと損害の公平な分担という不法行為法の趣旨を害すること
④過失割合において検討すべき諸要素について立証する
必要があります(平成21年損害賠償額算定基準下巻62頁-鈴木祐治裁判官の講演参照)。

なお,最判平成22年1月21日は,市立中学に通っていた際に同級生から受けたいじめで統合失調症を発症したとして,県や市,当時の同級生らに対し,損害賠償を求めた訴訟の上告審判決ですが,慰謝料につき既存の疾患を斟酌するにあたり,統合失調症の発症による慰謝料に限定せず,いじめに対する慰謝料をも減額の対象とした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるとして,上告人敗訴部分を破棄し審理を原審に差し戻したもので、直接的には,いじめと統合失調症の慰謝料額に係る判示をしたものですが,判示の趣旨を一般化すると,人身損害の賠償請求訴訟において,加害行為と被害者の素因との競合を理由として,「損害の公平な分担」のために過失相殺規定の類推適用をするに当たり,本件のように,被害者の素因と全く関わりのない,加害行為のみから発生している損害部分を明確に分けて金銭評価することができる場合に,その損害部分に対しては,被害者の素因の存在を斟酌して減額することができないことを判示したものということができるものですので、この点注意が必要です(中武由起「交通損害賠償事件における非器質性精神障害をめぐる諸問題(3)」判タ1379号18頁以下参照)。

5. 椎間板ヘルニア

① 椎間板ヘルニアとは?
椎間板ヘルニア(herniated disc)は、ヘルニアの一種であり、椎間板の一部が正常の椎間腔を超えて突出した状態のことです。

② 症状
椎間板の加齢変性により周囲を構成する繊維輪が断裂し,中央髄核が繊維輪ごと突出あるいは脱出し,馬尾や神経根を機械的,科学的に刺激して腰痛や下肢痛を起こすものです。

年齢との関係
ほとんどが青壮年期に発症。
頚椎椎間板ヘルニアは,年齢的には比較的若い30~50歳代の男性に多く,発生の高い順に,C5-6>C4-5>C6-7となっています(「標準整形外科学」第11版・487頁参照。頚椎〔cervical spine〕は椎骨7個よりなっており,上から順に第一頚椎をC1と表示し,以下第7頚椎-C7-までがあります)。
 
腰椎椎間板ヘルニアは,20歳代,30~40歳代,次いで10歳代,60歳代の活動性の高い男性に多いとされています。発生高い順に,L4-L5椎間板,次いでL5-S椎間板となっています。
L3-L4とそれより上位の椎間板ヘルニアはまれです(「標準整形外科学」第11版・525頁参照。腰椎〔lumbar spine〕は椎骨5個よりなっており,上から順に第一腰椎をL1と表示し,以下第5腰椎-L5-までがあり,その下に5つの仙椎が1つに固まって塊椎を形成している仙骨〔sacrum〕があります)。
 
60歳代以上における椎間板ヘルニアの発症頻度は青壮年期に比して明らかに低く,全ヘルニア症例の2~6%程度と報告されています。

椎間板ヘルニアと素因減額
上記有病推定率からすると,「疾患」と評価すべきとされ,素因減額を肯定するのが一般的ですが,一切素因減額しなかった例もあります。
 
特に,事故前から椎間板ヘルニアの疾患を有していたかは慎重は判断が必要で,椎間板ヘルニアは当該交通事故によって発症した外傷性のものであると認定した裁判例があります(神戸地判平成13年12月5日交民集34巻6号1576頁)。
 
また,追突の程度如何によっては,椎間板ヘルニアの疾患が,加害行為と共に原因となって損害が発生したと認められない場合、あるいはその立証がないという場合もあります(大阪地判平成13年12月25日交民集34巻6号1677頁参照)。

6. 脊柱管狭窄(spinal stenosis)

① 頚部脊柱管狭窄(cervical spinal canal stenosis)
日本人は一般に脊柱管前後径(頚椎体中央部の後壁と棘突起基部を結んだ距離で表す)がC4~C6高位で概ね男性17㎜,女性16㎜とされ,12~13㎜以下であれば脊柱管狭窄と診断されています(「標準整形外科学」第11版・475頁参照)。
 
脊柱管は,骨髄を骨性に保護する重要なスペースで大きさには個人差があります。
また,無症候性の加齢性変化は頚椎に多くみられるので,直ちに病的と判断してはならないとされています(「標準整形外科学」第8版・398頁参照)。

② 腰部脊柱管狭窄(lumbar spinal canal stenosis)
腰部脊柱管狭窄とは,脊柱管を走行している神経組織と周囲組織との相互関係が何らかの理由で破綻し,神経症状が惹起された状態をいい,相互関係の破綻の主な原因は,神経組織に対する周囲組織の機械的圧迫であるとされています。
 
また,腰部脊柱管狭窄には様々な疾患や病態が混在しているので,種々の腰椎疾患にみられる1つの病態として把握しておくのが適当であると指摘されています(「標準整形外科学」第11版・537頁参照)。

③ 脊柱管狭窄と素因減額
脊柱管の大きさには個人差があり,また無症候性の加齢変化は頚椎に多くみられ,直ちに病的と判断してはならないことからすると,脊柱管狭窄が認められる場合であっても,直ちに「疾患」と評価すべきではなく,被害者の年齢や狭窄の程度,事故前の治療歴を総合考慮して「疾患」か否かを判断すべきであるとされています(平成21年損害賠償額算定基準下巻58頁-前記鈴木祐治裁判官の講演参照)。


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