むち打ち損傷

むち打ち損傷とは

診断名ではなく,受傷機転を示す言葉です。
一般的には,「骨折や脱臼のない頚部脊柱の軟部支持組織(靭帯・椎間板・関節包・頚部筋群の筋,筋膜)の損傷」と説明されています。
臨床的には,病態は明かではありませんが,「頚部が振られたことによって生じた頭頸部の衝撃によって,X線上外傷性の異常の伴わない頭頸部症状を引き起こしているもの」つまり,交通事故後,骨折や脱臼を伴いませんが,頭頸部症状を訴えているものを広くむち打ち損傷と捉えています(栗宇一樹ほか編「交通事故におけるむち打ち損傷問題・第二版」25頁参照)。

診断書上の記載病名

頸椎捻挫,頚部挫傷,外傷性頸部症候群,外傷性神経根症などと記載されることが多いです。

病理学的な原則

末梢神経いわゆる第2次ニューロンは,自然治癒,再生治癒します。
 
重症の場合は,完全に麻痺が起これば,四肢麻痺が起こったり,対麻痺が起こったりします。不全損傷の場合も,四肢に不全麻痺が残ります。脊髄は,中枢神経の伝導路のため,後遺症が残ります(藤川謙二「交通事故損害賠償における医学的知見」『民事交通事故訴訟の実務Ⅱ』収容80頁参照)。

むち打ち損傷の医学的機序

(1) 直接効果
脊椎脊髄外損傷である軟部組織の損傷
椎帯,靭帯,筋肉,脂肪組織等の損傷

(2) 遠隔効果
頚部を中心に頭蓋骨が回転してshear stressにより脳の表面が脳損傷を起こす場合があります。意識障害までは起きませんが,何となく元気がなかったり,頭重感を訴えたり,場所や時間の指南力が落ちるディスオリエンテーションが起こったり,四肢の運動,知覚障害,一次的な麻痺が発症したりします(前掲「交通事故損害賠償における医学的知見」81頁)。

むち打ち損傷の発生機序

(1)むち打ち運動
むち打ち損傷については,「追突を受けると,多くの場合に頭が後方にのけぞるように頚部が過伸展状態になり,次の瞬間にはその反動で前方に屈曲します。ちょうどムチを強く振った状態です。このときに頚部の組織が正常の限界を超えて引き伸ばされたり部分的な断裂を起こします(図1)。
また,このようなむち打ち現象が起こっているときに,頸椎は(図2)上下に強く圧迫され,椎骨と椎骨が互いに押しやられるような状態となります。このため椎骨と椎骨の間にある椎間関節やその他の部分が損傷されたり,ある場合には損傷された靭帯の間を椎間板が突出してヘルニアを起こすことがあります」と説明されていました(保険毎日新聞社「鞭打ち損傷の査定読本」13頁)。


むちうち.PNGのサムネール画像

(2) 発生機序の問題点
この頸椎の屈伸点によりむち打ちが生じるという推察から,これを抑制するために1968年からヘッドレストが義務付けされましたが,頚部の受傷による後遺障害受傷者は逆に増加しています。また,むち打ち損傷には,頸椎の器質的損傷を発症させるとは考えがたい低速度衝突で受傷する,画像検査で器質的変化を認めない,事故直後は無症状で,翌日から頚部痛を訴える例が多いといった指摘もあります(遠藤健司編著「むち打ち損傷ハンドブック・第2版」13頁)。

(3) 無傷限界値論,閾値論とその否定
頸椎の過伸展,過屈曲による損傷がむち打ち損傷であれば,低速度による軽微事故の場合,頸椎の過屈曲,過伸展が生じないので,むち打ち損傷が生じないのではないかという,いわゆる無傷限界値論,閾値論が提唱され,被害者の受傷を否定する工学的意見書が裁判所に提出されていた時期がありました。
しかし,これに対しては,解析モデルの精度として,過去の車両衝突実験では現象のバラツキを把握し切れていないこと,人体あるいは模型による実験結果には限界があることが指摘され,裁判官からも,これらの意見書が定型文書のほんの一部を変えた程度のものが出てくるため,保険会社から出てくるこれらの工学的意見書の信憑性にはかなり疑いがあると言われており,現在では,むち打ち症の事件で工学的意見書が出てくることは稀になっているとのことです(東京三弁護士会交通事故処理委員会編「新しい交通賠償論の胎動」20頁)。

閾値論の総本山とされる日本賠償医学会(現・日本賠償科学会)も,「少なくとも現在の工学的問題状況としては,低速度追突事案ではむち打ち症が発症しないという一般的法則性は否定されているといってよい」(「賠償科学概説」137頁)として,閾値論が破綻したことを認めています。

(4) K.Onoによる新仮説
そこで,あらためて,むち打ち損傷がどのような発生機序で生じるのかが問題となります。現在有力な仮説が,K.Onoらによる次のような考え方です。
低速度で追突された乗員挙動は図5で示されるように,①脊柱の直線化,頚部への突き上げ,②体幹の前方移動による頚部S字変形とせん断,③頚部の過伸展の3段階に大別できる。この間の頸椎のS字変形や伸展時における椎間関節のかつ膜ひだの挟み込みやそれを取り巻く関節包のひずみが頚部痛などを助長する傷害メカニズムと考えられています(図6)(前掲「交通事故におけるむち打ち損傷問題・第二版」300頁,K.Ono et al.:Motion Analysis of Cervical Verterbrae During Whiplash Loading,Spine Vol.24,Number 8,p763-770)。

新説.PNG

 

むち打ち損傷の分類

(1) 土屋弘吉らの分類(土屋弘吉・土屋恒篤・田口怜「いわゆるむち打ち損傷の症状」臨床整形外科3巻4号)


① 頸椎捻挫型
頚部,頂部筋繊維の過度の伸張ないし部分的断裂(cervical strain)から,前後縦靭帯,椎間関節包,椎弓間靭帯,棘間靭帯などの過度の伸張,断裂などまでを含む段階のもの

② 根症状型
頚神経の神経根症状が明らかなもの

③ バレー・リュー(Barré Liéou)症状型
頭痛,めまい,耳鳴り,吐き気,視力低下,聴力低下などの不定症状を呈するもの

④ 根症状,バレー・リュー症状混合型
根症状型の症状に加えて,バレー・リュー症状を呈するもの

⑤ 脊髄症状型
深部腱反射の亢進,病的反射の出現などの脊髄症状を呈するもの

(2) ケベック分類

頚部愁訴,理学神経学的所見,脊椎の構築学的異常の有無から0ないし4の5段階に分けられています。

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 頚部に訴えがない。徴候がない
 頚部の痛み,強ばり,圧痛のみの主訴
 客観的徴候なし
 筋・骨格徴候を伴う頚部主訴
 神経学的徴候を伴う頚部主訴
 骨折または脱臼を伴う頚部主訴

(注)筋・骨格徴候には可動域の制限と圧痛を含む。

ケベックガイドラインとして,診療ガイドラインが示されています。これを応用した問診用と診断用のガイドラインが紹介されています(平林洌「外傷性頸部症候群の治療・治療ガイドラインの提案」オルソペディクス12巻1号88頁,前掲「交通事故におけるむち打ち損傷問題・第二版」59頁以下)。

むち打ち損傷患者の特徴

 ① 事故直後に発症せず,一定期間経過してから症状が発症する場合もあります。
 ② 頚部の違和感,上肢のしびれ,脱力,頭痛や吐き気,腰痛を訴えたりします。
 ③ 不安感やめまいを訴えることがあります。
 ④ 100%過失がない場合が多く,被害者意識が強い。そのため症状を強く感じることがあります。
 ⑤ 一般に女性は男性に比べ首が長い人が多く,首の長い女性は,シートベルトをしていると人形と同じくらい首にストレスが加わります。また,女性は,首の筋肉が弱く,なで肩であれば,なおさら症状が出やすいと考えられます。
 ⑥ 神経質で几帳面な人は,難治性の傾向があります。
 ⑦ 事故の頻回経験者という方が存在することがあります。
 (前掲『民事交通事故訴訟の実務Ⅱ』81頁以下参照)。

むち打ち損傷の検査

(1) 診察

  ア 事故現場と発生時間と事故の状況を記録
  イ 本人の主訴を記録
  ウ 頭痛の有無を記録
        後頭神経痛が残る場合があります。
  エ 合併症の有無
         頭部外傷,ハンドル外傷,胸骨骨折,肋骨骨折,胸部外傷,四肢の骨折,腰椎症状の有無の確認
    オ 交通事故歴,労災事故歴,スポーツ事故歴,職業歴の聞き取り,記録
  カ 内科的,外科的な既往歴の聞き取り,記録
      →投薬の関係,妊娠している場合のステロイド剤投与は奇形児出産の可能性があります。

(2) 検査
  ア 関節可動域(ROM,range of motion)
頸椎については,屈曲(前屈),伸展(後屈),回旋(左回旋,右回旋),側屈(左側屈,右側屈)の可動域を測定します。
    最初からあったのか,途中からあったのかは重要です。
  イ 筋力
    徒手筋力評価(MMT,manual muscle testing)
    次の6段階評価です。






normal
 good
 fair
 poor
 trace
 zero
 強い抵抗下で重力に対して可動域内を完全に動かせる
 かなりの抵抗下で重力に対して可動域内を完全に動かせる
 重力に対して可動域内を完全に動かせる
 重力を除くと可動域内を完全に動かせる
 筋肉の収縮のみで関節の動きはない
 筋肉の収縮なし

神経障害部位によって能力低下の認められる部位が異なります。
① C5,6→三角筋,上腕二頭筋
② C6,7,8→長橈側手根伸筋・短橈側手根伸筋・尺側手根伸筋
③ C6,7,8→上腕三頭筋
④ C8,Th1→小指外転筋

ウ 反射
   (ア) 深部腱反射
     腱の打診により生じる不随意筋収縮です。中枢神経系に障害がある場合,脊髄に障害があると,脊髄の抑制路,反射を抑制する抑制路に障害が生じるので反射が亢進します。これに対し,末梢神経である第2次ニューロンに障害が生じると,伝導路に障害があるので,反射は消失するか減弱します。
     腱反射用のハンマーで反射を診ます。
   (イ) 表在反射
     皮膚の刺激により生じる不随意筋収縮です。
   (ウ) 病的反射
健常者には出現しない反射です。
  エ 神経根症状誘発テスト
   (ア) スパーリングテスト(Spurling test)
頭部を患側に傾斜・後屈して圧迫し軸圧を加え,疼痛,放散痛があるかどうかを診るテストです。
   (イ) ジャクソンテスト(Jackson head compression test)
     頭部を後屈して圧迫し軸圧を加え,疼痛,放散痛があるかどうかを診るテストです。
   (ウ) ショルダーデプレッションテスト(Jackson shoulder depression test)
     頭部を反対側に倒し方を下方へ押し下げ,疼痛,放散痛があるかどうかを診るテストです。
   (エ) モアレイテスト(Morley test)
     鎖骨上窩(肩甲鎖骨三角)で腕神経叢を指で圧迫するテストです。圧痛の有無を図る方法です。
  オ 握力測定
    左右差がないかも診ます。

(3) 画像
  ア 単純レントゲン
頚部痛,頸椎可動域制限や神経学的異常を認める場合には,頸椎前後,側面及び開口位の3方向の撮影を行うとされています。レントゲンを側面図で撮ると,頸椎は,正常では,前彎し弓のようになっていますが,交通事故でむち打ちに遭うと,前彎が消失し,ストレート,ひどい場合は後彎している場合があります。
高齢者の場合の加齢的な変性や,もともと頸椎変形がある場合があります。
斜位像で撮ると神経根が出る椎間孔がチェックできます。加齢的変性や,外傷が過去にあった場合には狭くなっています。
  イ CT
    微細な骨折を評価するために有用な検査であるとされています。
  ウ MRI
    MRIは侵襲がなく,軟部組織の抽出に優れていますが,画像所見と臨床症状との整合性が得られなければ,病的意義はないとされています。

むち打ち損傷の治療

急性期の1週間はできるだけ安静を保つことと言われています。激しい運動や車の運手,アルコールは避けた方がよいです。車の運転で通院や通勤をする場合は,送迎してもらうなどし,頚部の安静を保つために頸椎カラーを用いて,二次損傷を避けるべきであるとされています。
脱力やめまいなど神経症状がある場合は,入院して安静を保つことが必要です。
薬物療法としては,外来であれば,消炎鎮痛剤を処方されます。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)が用いられることがあります。神経症状がある場合は,ステロイドの内服薬を1,2錠,メチコバールというビタミンB12の神経賦活剤を投与することもあるようです。ステロイド剤は,強い痛みや炎症を抑える目的で用いられ,即効性がありますが副作用もあります。メチコバールは,手足のしびれや痛みをともなう末梢性神経障害の治療に広く用いられています。
急性期を過ぎると,肩こりと後頭神経痛が残ったりします。
圧痛部位へのトリガーポイント注射や,ブロック注射などが行われます。
温熱療法や愛護的な可動域訓練なども有効であるとされます。リハビリとして,電気治療,ホットパック,運動療法,マッサージなどをします(以上全体につき,前掲『民事交通事故訴訟の実務Ⅱ』85頁,久保俊一ほか編集「イラストで分かる整形外科診療」18頁)。

 

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