東洋医学(鍼灸治療,マッサージ等)による施術費

(いわゆる赤い本平成15年版・片岡武「東洋医学による施術費」322頁,境充廣「治療関係費」『新・裁判実務体系5 交通損害訴訟法』収容・332頁以下参照)

1 問題の所在

現在は,西洋医学による療法が治療として有効であると一般的に確認されています。しかし,西洋医学による療法だけが合理的であり,他の療法が全て非合理的で,治療として認められないとは断定できません。鍼灸等の療法についても,かつては西洋医学界においてこれを認めない傾向が強かったのですが,現在は,その有効性を肯定する見解が多数となっています。

そこで,柔道整復,鍼灸、あん摩,マッサージ及び指圧等に基づく施術費を障害の治療費として請求することができるための要件を検討する必要があります。

一般的には,医師の指示を受けることが必要であると解されています。受傷の内容と程度につき医師による診断等の必要性があること,施術に限界があり,効果の判定にも困難さがあることからです。

しかし,西洋医学療法より効果的な臨床例もあり,整形外科治療の代替機能もあること,施術の利便性,地域の実情などから,医師の指示がなくとも,施術が有効であったのであれば,その費用請求を認めるべきです。施術の必要性,有効性,施術内容が合理的であること,施術期間の相当性,施術費が相当であることを要件に,その請求を認めてよいと考えられています。

2 柔道整復

(1)内容

柔道整復師とは,厚生労働大臣の免許を受けて,柔道整復を業とする者であり(柔道整復法2条),柔道整復とは,打撲,捻挫,脱臼,骨折の外傷に対して外科手段,薬品の投与などの方法によらないで応急的もしくは医療補助的方法によりその回復を図ることを目的として行う施術をいいます(長野地裁松本支部昭和47年4月3日判決・判時682号56頁)。


柔道整復は,医業類似行為の1つ(あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師等に関する法律第12条参照)で,古くは戦国時代から受け継がれてきた「ほねつぎ」が,江戸時代に体系化され「柔道整復術」となったもので,「 骨・関節・筋・腱・靭帯などに加わる急性,亜急性の原因によって発生する骨折・脱臼・打撲・捻挫・挫傷などの損傷に,手術をしない『非観血的療法』によって,整復・固定などを行い,人間の持つ治癒能力を最大限に発揮させる治療」(公益社団法人日本柔道整復師会HP)とされています。

(2)医師の指示が必要であると解される理由

前掲片岡327頁以下によると,次のように言われています。

① 医師による診断の必要性

医師は,専門的知見と経験に基づき,個々の患者の個体差を考慮しつつ,変化する症状に応じて治療を行うもので,医師の判断は,診療当時の臨床医学における医療水準に照らし,当該疾病以外の疾病は存在せず,かつ,事故と受傷との間に医学的な因果関係が存在するという判断を含む総合的判断です。

これに対し,柔道整復師の判断は,レントゲン診断等に基づく確定的な判断によるものではなく,その症状が他の疾病によるものである可能性を除外するものではありません。また,医学的な因果関係の判断を含みません。


② 医師による治療の必要性

整形外科の治療,特に捻挫に係る診断学,手術療法,装具療法等は,近年急速に進歩しており(例えば,関節鏡〔内視鏡〕を用い小切開で行う手術等。公益社団法人日本整形外科学会HP「捻挫」の項参照),外観上は単なる捻挫と思われるものであっても,筋や腱が断裂している場合があり,速やかな外科的手術が必要な場合も存在します。これに対し,柔道整復師は,外傷による身体内部の損傷状況等を的確に把握するための,レントゲン,MRI検査ができません。


③ 施術効果の判定の困難性と限界

柔道整復師は,医師と異なり,外科手術,薬品投与等が禁止されるなど(柔道整復師法16条)、施術が限られた範囲内でしか行うことができません。施術に,筋麻痺の緩和効果等の対症効果があるとしても,施術の手段・方法や成績判定基準が明確でないため,客観的な治療効果の判定が困難です。


④ 施術自体の多様性

柔道整復師の施術は,施術者によって施術の技術が異なり,施術方法,程度が多様です。

⑤ 施術の問題点

柔道整復師の判断が,医学的総合的判断でなく,レントゲン診断等に基づく確定的な判断によるものではないため,重篤な器質的損傷が見落とされている危険性が存在します。
しかし,現実的には,医師が治療の一環として,柔道整復師の施術を利用することを勧めたり,あるいは指示したりするということは考えにくいと思われます。

(3)医師の指示がなくとも施術を受けることが認められる場合もある

柔道整復師は,捻挫,打撲については,医師の指示がなくとも施術することができ,また,脱臼及び骨折については,応急手当の場合には,医師の同意なく施術ができる(柔道整復師法第17条ただし書き)等整形外科医による治療の代替機能を法により許容されています。
柔道整復師が施術を行うことのできる疾患は,外傷性のもので,発生原因が明確であることから,他疾患との関連が問題となることは比較的少ないです。

施術は,痛みを和らげるのにある程度の効果があること,西洋医学的治療より効果的なケースが多々あること,手治療法は,観血療法と比べて副作用及び人の身体に対する侵襲を伴わないものと評価されていることから,施術には意義があると考えられ,現実に施術により症状が緩解しているのであれば,治療効果があがっているものとして,その有効性を認めてよいと思います。

(4)施術期間の相当性

① 施術の特殊性

柔道整復は,手技を中心に人体への物理的力を一定程度の時間をかけて継続的に繰り返し行うことで,骨,筋,関節等の負傷を整復し,その痛みを除去するものとされていますから,ある程度の経過期間が必要です。


② 治療法の見直しの必要性

痛みがあるという自覚症状のみで長期間施術を続けることを認め,加害者に施術の全費用を負担させるのは相当ではありません。


③ 施術の臨床例

受傷後,施術を始めて3ヶ月から6ヶ月を経過したころを境に施術回数が減少していく事案も散見されます。

以上の理由から,初療の日から6ヶ月を目安とし,受傷の内容,治療経過,疼痛の内容,施術効果等の観点から,施術の必要性の立証ができれば,これを超える期間についての施術も認められます。

(5)施術費の相当性

自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車村賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成22年4月1日施行)によれば,「免許を有する柔道整復師,あんま・マッサージ・指圧師,きゅう師が行う施術費用は,必要かつ妥当な実費とする。」と定めています。平成5年8月2日に,自動車保険料率算定会(現在は損害保険料算出機構)の内部通知として,「労災保険柔道整復師施術料金算定基準」に準拠することが定められ,モノ及び地術は,労災料金の1.2倍を上限の目安として算定されていましたが,平成7年に独占禁止法に反するものとして廃止され,各損害保険会社が個別独自の判断で,「必要かつ妥当な実費」について認定することが確認されています。


前掲片岡338頁以下では,考え方として,2つの方向性が示唆されています。

モノ及び技術は,労災料金の1.5倍から2倍を上限の目安とする考え方と施術の時間,料金,施術の必要性等の事情を斟酌して,施術費総額の何割の限度で認めるという考え方の2つです。
前者は,施術者によって施術の技術も異なり,施術の内容も多様であるから,ある程度の幅を持たせる必要がある反面,裁判例の多くが,社会保険上の診療報酬算定基準額の概ね2倍を超えた場合は,事故との相当因果関係がないとする考え方を示していることを根拠とします。


(6)裁判例

肯定的なもの

① 神戸地裁平成7年9月19日判決・交民集28巻5号1384頁
医師の指示によるものではないものの,被害者が治療により相当程度以上の症状の軽減回復を感じていることが認められるとして,事故との相当因果関係を認めたものです。

② 東京地裁平成8年12月18日判決・交民集29巻6号1809頁
医師の指示に基づかずに,2ヵ所の整骨院で施術を受けた場合に,治療効果があがっていたとして,療整骨院への通院と事故との間に相当因果関係を認めたものです。

③ 東京地裁平成16年2月27日判決・交民集37巻1号239頁
医師の指示はないが,施術により疼痛が軽快し整形外科における治療回数が減少していること,施術費が社会一般の水準と比較して妥当であること,加害者らが施術を認めていたこと等から,症状固定までの整骨院施術費全額を認めたものです。

④ 神戸地裁平成18年12月22日判決・交民集39巻6号1775頁
被害者は医師と話し合ってリハビリテーションを受けるために整骨院に通院し,運動療法及び電気治療等を受け,施術を受けたときには症状が軽減したこと,病院ではリハビリテーションを受けていなかったこと等から整骨院での治療費全額を認めたものです。

制限的なもの

① 大阪地裁平成13年8月28日判決・交民集34巻4号1093頁
医師の明確な指示を受けたことの証明はありませんが,ある程度の痛みを緩和する効果はあったものと認められるとして,120万円あまりの請求のうち,30万円の限度で認めたものです。

② 東京地裁平成14年2月22日判決・判時1791号81頁
施術について医師の具体的指示があり,かつ,その施術対症となった負傷部位について医師による症状管理がなされていない限り,施術料を加害者の負担すべき損害と認めることができないとし,施術料を損害と認めるためには,被害者は,施術の必要性,施術内容の合理性,施術の相当性,施術の有効性等について,個別具体的に主張・立証しなければならないと判示したものです。
しかし,医師の具体的指示を要件とする点で,要件が厳格に過ぎ実際的ではなく,東京地裁民事27部自体が平成14年11月2日の講演でこの要件自体を破棄したと考えられるので,規範性に乏しいと思われます。

③ 大阪地裁平成18年12月20日判決・自保ジ1707号14頁
医師も施術を容認していたが,積極的指示までは認められず,症状を緩和する効果があったと認められるが,治療日が整形外科と重複していることなどから,施術費の50%の限度で認めたものです。

④ 京都地裁平成23年11月18日判決・自保ジ1872号80頁
医師が医学的必要性から整骨院への通院を指示する旨の意見書を差し入れており,整骨院の通院開始時期が病院のリハビリ開始後で,整骨院でも運動療法が行われ,その施術により症状が改善していることを考慮すると,整骨院での施術に一定程度の必要性・相当性が認められるとして,施術療の8割を認めたものです。


3 鍼灸

(1)内容

中国に古くから伝わる心身の病気の治療法の1つであり,人体のある特定の部位(ツボ)に金属製の針を刺して治療を行うものを鍼法,ツボの上でもぐさを燃やしたり,あぶったりして治療するものを灸法といいます。


(2)医師の指示が必要であると解される理由

「現代医療における鍼灸治療の正しい利用法は,ある疾患の治療に際して他の治療手段(投薬,手術,種々の理学療法,心理療法)を含めて考え,鍼灸治療がもっとも適切であると判断したときに治療手段として適当な時期に利用することである。したがって,初めから鍼灸治療のみで長期間の治療を行うことは疾患の種類によっては最も適当とする治療手段の時機を失するおそれもあり,適当ではない。そのためには医師の協力がなければ不可能であろう。鍼灸治療は理学療法の一種と考えられるべきものであり,補助療法として利用されるべきであるから,その適応を決めるのも原則として医師の指示によって行われるべきものである。」(西法正・鈴木太・与五沢利夫「針治療の臨床的効果についての文献的検討」14頁)


(3)医師の指示がなくとも鍼灸施術を受けることが認められる場合もある。

鍼灸治療は,薬物ショックや副作用がほとんど問題とならないという利点を有します。慢性的な頚肩腕症候群や腰痛症のように器質的障害に基づかない痛みを主訴とする疾患の治療については,その痛み自体を除去するという意味では,対症療法にとどまらず原因療法に当たるとの評価もあります。

鍼灸だけで十分な治療効果を有すると考えられる適応疾患として,肩凝り,頭痛,肩痛,頚部痛,不定形顔面痛,頚部外傷の後遺症,腰痛,頚肩腕症候群があり,西洋医学的治療より効果的なケースが多々あります。このように鍼灸施術には意義があると考えられ,現実に鍼灸施術により症状が緩解しているのであれば,治療効果があがっているものとして,その有効性を認めてよいと思われます。

(4)施術期間の相当性

患者の希望で,診断の明確でない疼痛や神経症的なものに施行される場合が多いこと,患者の希望どおりに治療を継続するとその期間は相当長期間になる傾向があること,鍼灸師の制度があり,独立して施術することが制度上許可されていることを考えると,施術期間を制限する必要があります。

整形外科学会においては,鍼灸施術に治療効果が認められるのは,施術開始後6ヶ月以内,長くとも1年以内であり,1年間継続するとその治療効果が著しく減少するというのが多数意見です。

したがって,初療の日から1年を一応の目安とし,患者の主訴,他覚所見,症状の経緯,運動障害の内容,鍼灸治療の内容及びその効果,症状改善の有無,医学上必要な施療としてさらに継続の必要があるか否かを,それぞれの症例に応じ個別的に審査し,鍼灸の施術により,症状が緩解していくことが医学的に立証できれば,1年を超える期間についても施術が認められると考えられます(前記片岡334頁以下)。


(5)施術費の相当性

労災保険については,「労災保険あん摩マッサージ指圧師,はり師及びきゅう師施術料金算定基準」が定められており,柔道整復師の場合と同様に考えます。

4 あん摩,マッサージ及び指圧

(1)内容

あん摩は,主に指先を使用して体幹及び四肢の末梢神経や血管の走行に沿って手技を施し,自律神経に作用を及ぼすものであり,マッサージは,皮膚を介して,手で刺激を加え,皮下や筋肉の血行を改善,新陳代謝を亢進させるものであり,筋の疲労や拘縮を取り,癒着を隔離し柔軟化させることを目的としています。

あん摩が主に指先を使用して遠心的に行うのに対し,マッサージは主に手のひらを使用して求心的に手技を行います。

指圧は,あん摩の中の圧迫法が発展したもので,親指や手のひらを使い,ゆっくり押す,速く押す,急に離す等の技法を応用しているものです(前掲片岡324頁)。


(2)医師の指示が必要であると解される理由

対症疾患に対する治療と疲労回復等のための施術との境界が明確でないこと,施術の手段・方式や成績判定基準が明確でないため,客観的な治療効果の判定が困難であること,他動的に安易に受けられるため,障害を克服する意欲を鈍らせるという問題点があること,長期間かつ長時間の揉捏法,強擦法等は,筋組織に破壊を招き,硬結となり,ますます悪循環を作り瘢痕と阻血を増長させるという見解もあることから,医師の指示を要するものと解すべきです(前掲片岡331頁)。


(3)医師の指示がなくとも施術を受けることが認められる場合もある

例外として,医師の指示がない場合でも施術を認める場合もありうるが,施術の必要性,有効性,合理性,費用の相当性につき,具体的な主張立証が求められます。


(4)施術期間の相当性

対症疾患に対する治療と疲労回復等のための施術との境界が明確でないこと,筋組織に破壊を招き,硬結となり,ますます悪循環を作り瘢痕と阻血を増長させるといわれていること,他動的に安易に受けられるため,障害を克服する意欲を鈍らせるという問題点があることから,柔道整復の場合より施術期間を限定する必要があり,3ヶ月を一応の目安とすべきです。

(5)施術費の相当性

労災保険については,「労災保険あん摩マッサージ指圧師,はり師及びきゅう師施術料金算定基準」が定められており,柔道整復師の場合と同様に考えます。



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